『私はなぜ今ここに…』 第25話

 

お世話になった事務所の人たちのことが頭から離れない。

でも、このままじりじりといても、うちのアルバイトの子も私の書類もすべて何もなかったかのように吸収されて私は辞めることになるのだろう。

 

辞めていいのか?

少なくともそこには開業して1年半に購入したもの、新たに取引を始めたもの、様々な私のものがある。

 

お客様とのやりとりが頭の中をよぎる。

「なぁ、佐々木さん、正義は勝つんだよ。」

 

私は何のために行政書士になったのだ。

私が大人になって初めて尊敬できると思った大先生が人生をかけてやっていたことを投げてもいいのか。

 

悩む時間がない。即決してすぐに動かなければならないのだ。

それは今までの経緯を見てもわかるじゃないか。決断するのだ。ひとみ。

 

瞬間、思いをはせながらも、決めた。

 

ひとみ、独立するのだ。本当の意味で。

きっとA先生がそういうのも、もうお前は子離れしなさい、とそういうことなのだ。

正義が勝つということを、これからの私の生き様として示していこう。

 

私は滅多なことで私は自分のことを人に相談したりはしない。それはその一件が終わった後に話すことはあってもその最中にどうしたらいいのかという相談というのは生まれてこのかた過去に一度もした記憶もない。すべて自分で決めてきた。

 

でもこのときだけはきっと愚痴も交じりながら何かしゃべっていたのだろう。

スキーのレッスンの合間、休憩中に私の仕事こんな感じなんだよね、今、と私が話していたことを心配してくれた仲間たちがいた。

 

その仲間のうちの一人はそのスキースクールの先生だったが、非常にわかりやすいレッスンをする先生で休憩中にも普通に話をしてくれていた大好きな先生だった。

あとで聞いて驚いたのだが、その先生の奥さんは私の尊敬する大先輩だったのだ。

だからなのか、私の状況を心配して、「どうなった?」と電話をよくしてきてくれた。

 

起きている状況をすぐさまに話をした仲間たちはいつでも手伝うから言ってくれ、と言い、みんなでどうするか段取りをすることになった。

 

たぶん、その間、数日が過ぎていた。

今となっては思い出せないくらいの早さで時は流れていたのだと思う。

無我夢中で新しい事務所の契約、そして電話やFAXの手配、事務機の購入等、設営をした。

 

新しい事務所の契約を済ませるまでは、お客様の電話はすべて携帯に転送してもらい、アルバイトの子にはそこの事務所にいてもらい、いない時を見計らって連絡を取った。

 

そして、いよいよ、やらねばならないその日は来た。

そのときにはすべての新しい事務所のデスクも本棚も応接間も入っていて、あちらの事務所の人がいなくなったときを見て、一斉に書類を運び出した。

 

その書類を運び出すときにも、これは本来ならば大先生が生きていたらそちらへ行っていたのかもしれないと思うものを時間のない中で瞬時に判断し、それは置いていくこととした。

 

せめてものお礼というか恩返しというか、不義理してでも出ていく負い目というか。

いや不義理ってなんだろうと、自問自答しながらも、持ちだしたらきっといろいろと面倒なことになるかもしれないと思うものは置いてきた。もちろん売上台帳を除く名簿もすべて。

 

そして、その事務所で働いていた方々にたくさんお世話になったことを心からお礼を言いたくて前日に書いた手紙を、最後に事務所を去る時に各々のデスクに置かせてもらった。

 

そして、すべての書類が車の中の段ボールに運ばれてこれで終わり、となったときに、本当にこれでいいのだろうかと胸の中が熱くなった。

 

なぜこんなことになった。

なぜ、私は今こんなふうになっているのだ。

 

でも、もう本当にこうするしかないんだ、と言い聞かせて、お世話になった事務所を後にした。どうしてこんなことになってしまったんだろう、と思いをめぐらせながら。

(続く)

 

佐々木ひとみ