A先生にはお世話になった。そこにいる多くの人にもいろんなことを教えてもらい、助けてもらった。それは間違いない。できれば円満に発展的解消となってくれることを願っていた。
でももういられないんだ、出てけと言われている以上、と思い、新しい住処を探すために数日さまよっていた。できれば運輸支局のそばにいたい、と思いながら。
そう思ったその日、ふといつも通らない道を曲がったときに「あれ?」と思うビルがあった。
ちょうど入居者募集の紙が貼ってあるではないか!
どきどきしながら、その電話番号に電話をした。
「あ~どうぞ、見てみてください!空いてますよ!」
「詳しく話を聞きたいのですが。」
「いつでもどうぞ~」その言葉に、すぐ行きますと話をした。
5坪の小さな部屋だった。
でも、私にはそれで十分だった。それでも6か月分の前家賃が必要だった。
部屋を見せてもらったら、ざっくりと頭の中でデスクは3つ入る、あとはお客さんが話をするスペースもある。
もう、十分だ。今の私にはこの空間でできることでもありがたい。
家賃も今払っているものよりもずっと安い。
確かに間借りしてお支払いしている家賃はちょっと高いな、と思ったけど、でもいろいろ教えてもらうこともあるしな、と納得していたが、これなら十分安いし、やっていける。
よし、移ろう。
ほぼ決めかけたその時、携帯の電話が鳴った。
A先生からだ。
もう電話に出るのがいやになっていた。なぜなら毎日、毎日呪文のように、辞めろ、向いてない、顧客名簿と売り上げを見せろと言う。
たぶん、また事務所に来なさいと言うのだろう、と思って、電話に出た。
佐々木先生、あのね、あなた、何度も言ってもわからないようだから、辞めてもらいます、あなたが集めてきたお客は元々はうちの父のお客だ、父の遺産は本当は僕が継ぐべきだった、だからあなたが辞めた後はうちで引き継ぐのが当然だからこれから皆さんには告知しておく、よってうちの事務所には今日から一切入らないでください、と言って電話は切れた。
え?だって、私の従業員がそこにいるし!
動揺しながらも冷静に考えてみて、まずは慌ててうちの事務所に電話した。
うちのスタッフが、はい、と出た。
あのね、今こんな電話が来たのだけれどもどういうことかわかる?、と言うと彼女も困ったような声で「これからはそこにある書類も君もうちの事務所のものになるから」と言われたのだけれども本当ですか?私どうしたらいいのですか?」と言う。
はぁ、そういうことか。
でも私があらたに紹介してもらった新規のお客様だっている。
そして以前の顧客はてんでバラバラになってしまったものを私が集めてきたものだ。
もともとのお客さんは大先生のところから飛び出していった次男坊を嫌っていた。
顧客名簿を元に挨拶をしていくうちにだんだんと事情が分かってきた。
だからこそ、大先生が死んでもそこには行かなかったのだ。
それもわかっていて、私を使えば戻ってくるとおもったのか。それをすべてほしいのか。
いやいや、そんなことを思ってはいけない。あの時、困っていた私を助けてくれたのだ。
私が何か悪いことをしたから、彼は怒っているのだ。
心が揺れた。
今となってはもう話をすることもできない。取り付く島もないないのだ。
何を考えなければいけないのだ。
そうだ、お客様だ。
でも、でも、私は何をすればいいのだろう。何をすることが正解なんだろう。
(続く)
佐々木ひとみ