その時期にはもう一つ私を悩ます大きな事件があった。
この事故の話はちょうどその一件がピークを越え、ようやく落ち着き始めた頃の話でどうも次々と面倒なことに巻き込まれる時期だったのかもしれない。
行政書士のA先生の事務所(覚えていらっしゃるだろうか)に身を寄せ、どんどん仕事を取ってきてどんどんとお金が回り始めていたころだ。
仕事もたくさんあるときは、遊びも趣味もどんどんできるものだ。
まずはスキー、そしてシーズン終わってテニスを始めた。例の車の購入の後の話だ。
まだ33歳だ。体力も十分ある。
そうやって、仕事にも趣味にも充実していき、身なりの変わっていく私を苦々しく見ている人がいた。
ある日、佐々木さん、顧客名簿を見せて、とA先生から言われた。
はい、でもどうしてですか?と私はしぶった。
だって、これは私が苦労して入手して、自分でデータを揃え、一生懸命作ってきたものだ。
前の事務所のときの顧客名簿はないのか、と散々聞かれたが、そんなものがあるわけない。
着の身着のまま追い出されているのだ。
身を寄せているとはいえ、お互いに独立採算だ。お金に困っているからと言ったって一度もA先生にお金の相談をしたこともない。
なのに、なぜ、そうしつこく聞いてくるのだ、と思いながらも、しぶしぶ見せた。
彼はふむ、と言いながら、顧客名簿を見て
ずいぶん数はあるな、これ全部佐々木さんのところに来ているの?全部回ったの?と言う。
いえ、まだ、、、です。
どうして。そんなもたもたしているうちに兄貴に取られてしまうじゃないか、君は何をしているのだ。と怒っている。
いやいや、回れるだけは回っていますよ、でも、私も今仕事もしながらです。
営業ばかり日中できるわけではありませんが、と言うと、早くしないと違うところに行ってしまうではないか、と焦らせる。
早くこのお客をすべて回りなさい、そして、うちが正当な跡継ぎなのだということを、お客様にきちんと伝えなさい、と言う。
でも、と、思う。
大先生が大好きな人たちから見たら、お前たちは何なんだ、ときっと思う。
そして、絶対に私たちのところには来ないお客様もこの中にはいることもうすうす気づき始めていた。
(第8話をお読みいただければご理解いただけるかと)
一応、ハイ、と生返事をしながら、また業務に戻る。
別にあなたに雇われているわけではないんだけどな、と思いながら。
A先生の事務所に身を寄せてからもう1年半になろうとしていた。
そして、この繰り返しのやりとりがだんだん激しくなってきた。
(続く)
佐々木ひとみ