『私はなぜ今ここに…』 第11話

 

それからも必死で働いた。

早く現金にしたいから、夜も寝ずにとにかく仕事をした。

ひとつの仕事が終わるころにそれに夢中になっていると終わった瞬間にもう次の仕事がない。怖くなってまた営業に行く、これの繰り返し。

 

そうこうしているうちに、ある程度のお金が回るようになってきた。

ちょうどA先生のところにいる若い行政書士が、ひとみ先生車買ったらどうですか?と進めてきた。私たちの事務所は運輸支局のそばにあるから、日産もトヨタもスバルもなんでもある。

 

私は車なぞまったく興味がない。興味があるのはトラックだ。

なんでもいいが、さすがに見に行くと、ほぅと思う。

 

レガシーかっこいいですよ。レガシーのグランドワゴンどうですか?

当時なんやかや諸々諸経費含めると400万近くした。

でも、なぜか、買える、と思った。

 

ちょうど20歳の誕生日のころ、大学からバイトに行く途中、スクーターでひっくり返って前歯が4本飛んで顔から血が噴き出て救急車で運ばれた。顔がバンバンに腫れあがり父がそのときだけは本当に泣きそうな顔をしていた。

 

大事に大事に育てた娘の顔が、きれいに育つようにと乳歯の前歯を糸で引っ張って家の下に投げておまじないをしたりして立派に生えてきた娘の前歯が、全部飛んだのだ。

その日は父は寝れなかったとあとで母に聞いた。

 

その日以来、私はスクーター禁止となった。全然平気だったのだが。

大学のサークルで軽音楽部に在籍し、バンドをやっていたので、担当だった重たいベースを抱えて歩くのが嫌で、ブーブー文句言ったら父が車を貸してくれた。

だからその日以来、ずうっと十数年も車には乗り続けている。

 

トヨタ車も乗った。日産も乗った。別海の教員時代はいすずのジェミニに乗った。だから違う車、スバルがいいなと思った。

 

よし、買おう。がんばっている自分にご褒美だ。

どうせ買うならいい車を買おう。レガシーのグランドワゴンください!

コンビニに行くようにしてあっという間に買ってしまった。

 

静かで重厚な車体と中に響くウインカーの音まで上品で、あぁいい車っていうのはこういうものなのだ、とあらためて知った。

 

知らないうちは価値を見出せないが、ひとたびいいものを知ると人間というのはどんどん欲が出てくるものだと知った。

 

調子に乗り始めていた。

お金もある程度手に入り(小金なのだが、またそこが自分の小さいところだ)、いい車に乗り、携帯を使いこなし、ちょっといいスーツを身にまとい、スーツには行政書士のバッチをつけ、ハイヒールを履き・・・今考えるとお恥ずかしい。

 

車を買って1年も経たないある日、同僚の行政書士の先生から飲みに誘われた。

土曜日、ものすごい雨で空は雷が光っていた。

 

案の定、段取り悪く、時間に遅れそうだった。豊平川の川っぷちの道路をものすごいスピードですすきのへ向かった。

 

中島公園のところの橋は、時速100㎞くらいで走ると信号が赤にならずに通り抜けられる。通勤路だった私はそれを知っていたのでさらにアクセルを踏んだ。

 

そこの橋に近づいた。歩行者の信号が点滅し赤に変わる。上の車用の信号を見るとまだ黄色にはなっていない。よし、行ける。

 

ふと目の前に視線を落とした瞬間、

あっ?えっ?車が目の間にいる!

ベントレーだ。え?間に合わない。

 

シートベルトも肩にひっかけたままだった。

ものすごい勢いでブレーキをかけた。でも豪雨で路面が水浸しで全く効かない。

ABSも効かない。クラクションも鳴らした、が、もうどうにもならない。

 

空には稲光がいくつも見えていた。

 

ああ、ぶつかる。

アタシ、これで死ぬんだ。

走馬灯のように、当時飼っていた5匹の猫と父さん母さんの顔と友達の顔、そして小さい頃のシーンがいくつも出てきた。

 

ドーンという爆音のあと、ものすごい揺れとガラスの音で車がどうにかなっていくのがわかった。(続く)

 

佐々木ひとみ

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