『私はなぜ今ここに…』 第31話

 

そうして平成15年に私の経営指針はできあがった。

同時に1年後、3年後、5年後、10年後の事業計画もできあがった。

 

私は運送業にどっぷりと身を沈めよう。

私は運送事業の発展のために尽くすという志を持った。

 

別海の先生のときにはその当時その地域にはコンビニもなかった。かびたパンを平気で売っている商店しかなかったのだ。そこにコンビニを作るには運送会社の誰かがモノを運ばなければからっぽになってしまう。誰かがモノを運ばなければそこにいる人たちは豊かな生活ができないのだ。

 

運送費をコストと言われ、厳しい現実をつきつけられ、業務を続けることで精いっぱいで、呆れるくらいに法律なんぞ守る気のないこの運送業界の人たちに私はいろんな話をしなければならない。

 

今はたくさんたくさん運送会社が出来てきている。

でも今にきっと過当競争となり、価格破壊ももっとひどくなるはずだ。

そうなったとき、これからの運送会社はどうあらねばならないのか、当然淘汰する方向に行くであろう。

 

そのときのために私は、世話になった運送会社の人たちに生き残ってもらうために、そしてそこで一生懸命働いてくれている社員を守るために、様々な情報を提供していかなければならない。

 

彼らがとたとえ私の話を聞いてくれなくても、私は言い続けなければならない。

きっとこうなるから、と。

 

その頃にちょうど前の会社を諸事情で一回閉鎖して新しく会社を興した。

その名前を「ホクレア」と名付けた。

よくエクレアだの、ホクレンだのと間違えられるが、知っている人は知っている。

ハワイでよく聞く名称だ。

 

父が脳内出血で倒れてかろうじて助かった時期に、父との思い出作りと甲斐甲斐しく看病をした母をねぎらう意味でハワイに連れて行った。

 

当時、JTBで行くとパスポートみたいなカードを渡され、市内を循環しているバスにポイントで乗れた。要はJTBの人だけが利用できる無料バスのようなものだ。

そのバスがホクレア号と言った。そのときには別になんとも思ってもいなかった呼称だ。

でも、そのあとプラネタリウムへ行ってこの名前の由来を知る。

 

ホクレアというのは星の名前、日本で言う北斗星みたいなものだ。昔、海を航海していたハワイの人はこのホクレアという星を探して、方向を確認したのだそうだ。

 

私はその星のように、運送業の人たちにこっちに行くと安全だよというホクレアみたいな存在になりたいと思った。

 

でも私はあまりにも運送業の現実を知らなさ過ぎた。

運送会社を作ることや法律はよく知っていても、では運送業自体をよく知っているかと言われたらNOだ。

 

どうやって彼らが知りたいこと、困っていることを聞けばいいのだ?

そうだ、セミナーを開こう。そこから始まった。

一番とっかかりやすいのは、私の一番得意とする法律、特に監査の部分だ。

そこをまずは主軸としてセミナーを開いていこう。

(今ではこういう方法を集客型営業というらしい。)

 

運送業の人たちの中でもセミナーに来る人は意識が高い。

そして、まずはそこのレベルの人たちと話をしよう。

 

そうしているうちにとある保険会社系列のリスクコンサルタント本社からオファーが来た。

佐々木さん、あなたが北海道で運送会社に強い行政書士と聞いた、一緒に事故を無くすための取組みをしてくれないか。と言われ一も二も無く即答で喜んでと受けた。

 

どうせやるならと、保険会社と日野さんにご協力をいただいて、そこにローカルネット北海道本部の伊良原事務局長との出会いもあり、みんなで事故0を願うための取組みとしてそのセミナーを開催していくことになる。

 

そして6年が過ぎた。

そこには大切な運送業の仲間と、それを応援する仲間と、たくさんの仲間が出来上がっていた。

(続く)

 

佐々木ひとみ

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