『私はなぜ今ここに…』 第29話

 

当日、私の番となっていよいよ発表を始めた。

 

私だって開業していろいろあった。でもここまで5年間なんとか順当に業績も伸ばしてきた自負がある。その想いをそのシートに乗せて起業したことから始まり、朗々とお話をした。

そして、従業員に対する思いも伝え、最後はなんとかごにょごにょとごまかして終わった。

 

そして、皆さんからのご意見あればどうぞ、と司会の方が言った途端、

はい、と手を挙げた方がいた。

 

うわ。おっかなそうなおばさん。こりゃ絶対何か言われる。

そう思ったと同時くらいに「あなた、社員に対して何を思って経営してらっしゃるの。」と聞かれた。

 

いや、ですからね、と私がさっきお話ししたでしょ、聞いてなかったの?くらいの勢いでしゃべり始めたら、それを遮るように、

 

あなたね、経営は遊びじゃないのよ。なめられちゃ困る。

社員と仲間みたいなことをおっしゃっているけれども、経営は仲良し倶楽部じゃないのよ。

社員と経営者の間にはどんなに超えようと思っても越えられない溝があるの。

それを必死で埋めようとすることが大事なのよ。あなたの社員さん、あなたがお金で苦しんでいるときに、じゃ私が借金してでも助けますよ、って言ってくれるの?ないでしょう。

そんな甘い考えでいらっしゃるのであればいずれ考え直さなければならないと思いますよ。

 

と言い放った。

 

一瞬、ぽかんとした。が、そのうちじわじわと、怒りでもない、悲しみだけでもない、なんともいえない感情がふつふつと湧いてきた。

 

いや、そりゃ、私の言っていることは間違っているのかもしれない。間違っているんだろう。

でも、私、初心者ですよ。経営者としても経営指針も。

そんな言い方ってないんじゃないですか。

 

と思ったが、黙って下を向いた。

なんの抗弁もできない自分がいた。そして、その言葉は私の胸の奥に深く深く突き刺さった。

 

それから必死で皆さんの経営指針を聞いた。

なるほど、そうやって書くんだ、そうやって考えればいいんだ、となんとなく全貌がわかってきた。そして、1年の終わりにはなんとか、形として仕上げることができた。

 

ちょっとほっとした。私でもできるではないか。

そしてもう、ここに憂鬱な気持ちを持ったまま通わなくていいのだ。

 

これを後は社員に話していけばいいんでしょう?

なんとなく見た目はきれいな形で出来上がったし。。。

 

でも、なんとなくすっきりしない。

6月に言われたあの言葉と、地域貢献という言葉が今一つ胸にすとんと落ちないのだ。

 

いいや、まずは事務所内でこれを読み合わせして、浸透させなければ。

と、思ったが、、、なんだか社員には気恥ずかしくてなかなか言い出せない自分がいた。

 

そうこうしているうちに半年が過ぎ、1年が過ぎた。

気にはなっていた。いや、なんとなく心の中にはずっしりといつもそれがあったのだ。

 

なぜ、言えない。

何度も考えた。でも言えない。なぜだ。

 

自分ではわかっているのだ。こんなものみんなに披露したところで、はいはい、どうせまた気まぐれで作ってきたのねって通り一遍に流されてしまうことが。

 

だって、自分自身が一番よくわかっている。

本当に真剣に考えて、悩んで、命を吹き込んだものかどうかっていうことが。

慌てて作って、それを手軽に手直しして、ただきれいに見せかけたものだってことを。

 

やっぱりだめだ。これは表に出せない。
自分で納得していないものを出して突っ込まれて答えられなかったらどうするのだ。

自分もわかっていないのに、なぜ人にやってもらえるのだ。

 

もう少し考える時間がなくちゃだめだ。もう一度勉強しなおそう。

あのとき、一から美容室を開業し何店舗にもしてきた宇山さんから厳しく言われた言葉を真剣に考えるためにも、ちゃんとした経営者になるためにもまだまだ勉強が必要だ。そう決めた私はそうやって次年度の経営指針研究会に今度は誰からも誘われてはいなかったが自ら申し込んだ。(続く)

佐々木ひとみ

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