『私はなぜ今ここに…』 第4話

 

そうは言っても行政書士の仕事は3000種類以上あると言われている。

伯父はもともと札幌陸運局(現;札幌運輸支局)の専門官だった。

当時の運送業の免許は果てしなく難しく、素人ではまったく手の出せないものだった。

 

白トラ行為で摘発されても、運転することしかできない運送屋のオヤジは運送には国の免許が必要だとわかっても何をどうすれば取れるのか途方に暮れる。

そんな知識もない小さなトラック屋の社長はは伯父にこう言ったそうだ。

 

辞めて、俺らの味方になってくれ。

 

伯父は運輸支局を辞めた。そして行政書士の事務所を開設したのだ。

当時の名前は葛西陸運相談所。

 

まさに運輸のよろず相談所だった。

毎日のようにお客さんが来ていた。もちろんみんな運送業。

私はカウンターで受付と書類の作成、お客様とのやり取りをしていた。

 

だから、お客さんの顔も当然覚える。

電話がかかってきたら、声だけで『〇〇さんですね、お世話になってます』と言えるようになっていた。

 

試験に合格してから1年にも満たない頃、

ある日、伯父が『胃が痛いな、ちょっと病院に行ってくる』と言って帰っていった。

 

それっきり伯父は事務所に顔を出すことはなかった。

 

父の姉である伯母は泣きながらうちの父に話していた。

『胃がんなの。進行性の早い胃がんだから、長くないって。』

 

え??? 頭の中が真っ白だ。

だって、まだなんにも教わっていない。

 

私が独立するのは伯父がそろそろ俺も引退だ、お前ももう開業してもいいだろう、とお墨付きをもらってからじゃないの。伯父さんがんばって元気になってよ。

 

そんな最中、

正月明けてまもなく、そんな伯母が伯父の手術の立合いをした後まもなく、胃潰瘍で吐血してあっという間に亡くなった。よほどのストレスだったのだろう。

うちの父に連絡が来て、マンションにかけつけた頃には伯母は息絶えていた。

 

伯母が死んだあと、義理の伯父である事務所での、その伯父すらいない私への風当たりはますます強くなった。

 

当時の私はどうすることもできず、ただただ意地悪に耐えながら伯父の回復を祈っていたが、ついにその日は来た。伯父も亡くなったのだ。

 

当職が亡くなれば当然、そこの事務所は閉鎖となる。

 

お前はクビだ、出てけ、と言われ、荷物を持って、とぼとぼと帰ることになった。

どうしよう、私が独立したって、今この時点で何ができる?

全然自信なんかない。どうしよう。

(続く)

 

佐々木ひとみ

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